造園屋でも外構屋(ブロック、レンガ等)でもない「プロ・ガードナー」。その誕生のエピソードです。庭に出逢あった1987年〜庭への想いと活用法をつづりました。
□オフィスポリシー

1はじめての新築・・・
2ストレスフリー
3欲張りの乱
4絶望のふち
5アポロ
6耳で育てる
7愛のセンタク
8誕生
9未来の庭

1.初めての新築…

なんの変哲もない土地だからこそ快適な生活環境をつくりあげたい…。

1987年(18年前)、こんな想いを乗せて私の新築計画はスタートしました。
当時、住宅にとって庭は家の単なるおまけとしての存在。
ガーデンデザインなどということばもありません。
そんな時代だったがゆえに、わたしの想いは大手建築メーカーの設計、技術さんにも全く受け入れてもらえませんでした。
完成にこぎつけるまでにはさまざまな困難にぶつかり、多額な出費と、他人からは「?」と思われ、新しい道を切り拓くことの厳しさと難しさを知り、本当に色々と勉強させられました。

私の人生の大きな転換期となったこの新築事件。
今となっては笑い話、良い想い出です。

2.ストレスフリー

娘時代の私は極楽トンボ。
家でじっとしていることが大の苦手で、親の目を盗んでは山・海・川へ、ある時は大規模な開発造成現場へ…。その合間をぬって都心の中心街へと出没。
自然と戯れる私の心は開放感に大満足、ダイナミックな造成地では利便性を追求した未来の街を夢見、都心の街並を見てはその華やかさを楽しんでいました。

…やがて母となり外出もままならなくなった私は、娘時代の遊びを通して体感した記憶を頼りに、もしかすると相容れないかもしれない「自然と利便性と街並み」をたぐり寄せ融合させることが、ストレスフリーの日常生活につながるのではないかと考えるようになっていました。
3.欲張りの乱

ひょんなことから新築のチャンスを手に入れた私は、60坪に満たない敷地に記憶の映像と夢と現実の全て放り込もうと考えました。
まっ平らな土地、40%の建ぺい率ほぼいっぱいの建物。
持ち物はRV車1台、普通車1台、自転車5台、バイク1台、物置3つ。
これらを街並みに害をもたらすことなく配置する。

カーテンを開けっ放しにしていても風呂上りは家族みんなではだかんぼうでふらふらしたい。
公園に連れて行かなくても子どもが欲求不満にならないように。
顔にパックしたまま洗濯物が干したい。

これが私の最低条件。
「そりゃー無理だな。できっこないよ!」
「でも野球場をつくるという無謀なことを言っているわけじゃないんだからなんとかなるはず!」
こんなやりとり、これが戦いの始まりでした…。

4.絶望の淵

「どうにかなるっていうならサンプル見せてよ。どこにあるの?」
「見たことはありません。」
「じゃぁわかんないな。だって奥さんの言うこと不可能だよ」
「だって野球場を…」

…堂々巡り。

もうこうなったら当たり前だと思っていることや、意味のないような慣習になぞっていては埒があかないと思い、普通の流れとは逆に敷地のプランニングから間取りを考えることにしました。
歩数で稼ごうゆとりのアプローチ、庭と建物の一体化、犬走や外構物など意味のなさそうなものは撤廃、自然に習って木を植えようなどなど。
私なりの計画を工事に携わる方々に伝えました。
ところが、「謎…」「庭が狭くなる…」「土地がもったいない…」「土地が崩れる…」「泥棒が入る」「不便…」と却下されてしまい、私は完全に孤立してしまいました。

5.アポロ

この想いを具現化するには現存する「建築・造園・外構」という分野では成り立たないこと、特殊な何かが必要だということを、この一件を通して悟りました。
しかし私にはこの分野がなんなのか皆目見当が付きません。
そんな時、途方にくれていた私に声をかけてくれた人がいました。

それが吉田専務。

私はこれまでの経緯をここぞとばかりに彼にぶつけてみました。
すると彼は笑いながら「簡単なこと」と言い切ったのです。
そればかりか理想形のアドバイスまでもしてくれたのです。

芸術にも造詣が深く、多くの難工事を手がけてきた彼から見れば赤子の手をひねるようなもの!!?
そして彼の緻密な計算とダイナミックな技術を得ることができた私は、無謀と言われていた夢の全てを家の中におさめることができ、至福の日常生活空間を手に入れることができたのです。
これは今で言う「オープンスタイルガーデン」として世に登場しました。

6.耳で育てる

私は多くのことにこだわりを持つわけではありませんが、こだわるところはとことんこだわる性格です。
それは目に見えるものであったり、精神論であったり。
実は、この新築計画には私のもう一つのこだわりである「子育てに相応しい環境」という観点からも「庭」をとらえていました。

緩やかなアップダウンのある回廊性を持たせた庭は子供たちの戯れの場。
建物と庭を一体化させるためのテラスとその近くの水場は、ピクニック気分のダイニングスペース。
緑に囲まれた図書室…近所のお友達がいつでも自由に出入りできて、我が庭を遊び場として使ってもらえれば・・・。
家事をしながら子供の声色を伺える環境のオープンスタイルの庭は、私の子育て持論「耳で育てる」に相応しく、理に適ったものでした。

7.愛のセンタク

ハウスワイフの仕事も家電の発達で随分楽になり、その分子どもにも目が行き届くようになりました。

…が反面、手や目の行き届きすぎによる弊害は否めません。
加えて少子化、核家族化、手狭な住環境、どれをとっても親子にとってはストレスです。
いずれひとり立ちしようとする子ども。手や目をかけ過ぎると、自立心・判断力を抑制してしまい、それが、いずれ子どもの心の負担になる。
そう考えていた私は、「母の愛は真のS0Sを嗅ぎ分けること〜耳で育てる」という子育てを選択しました。

ちょっと脱線してしまいました。お許しを。

8.誕 生

オープンスタイルガーデン「耳で育てられる」環境は、三人の子を抱え日々奮戦していた私にとっても、子どもたちにとっても実に穏やかで幸せな空間になりました。

20年近くたった今、遊び中心だった庭はいつしか大人たちのくつろぎの場となり、天気の良い日には庭で昼食をとったりビールを飲んだりモバイルを楽しんだり、格好のリラックス空間になっています。
そんな私の姿を見て「もし戻れるならこの庭で母さんと戯れた日に戻りたい」と子どもたちは言ってくれます。
なんとも母親冥利につきる言葉です。

建物のおまけとして存在していた庭からの脱皮、生活と一体化したストレスフリーの宙空間をつくり上げた1987年。

プロ・ガードナーの目指す庭は誕生しました。

9.未来の庭

オープンスタイルガーデンが完成して数ヶ月間、どこからともなく他人様が撮影にくるようになり、私が望んでいたカーテンを開け放した生活がままならなくなってしまいました。
それに当たり前の庭に慣れきった方々からは「謎の人」と・・・なんとも皮肉なおはなし。

現在、大手分譲地でもこのスタイルを取り入れているところが登場してきました。
しかし外から見た雰囲気だけで終わってしまっていることは悲しいことだと思っています。

デザイン(見た目)は確かに大事ですが、私が”右にならえの慣習”から脱皮しようとした”何か”が異なるような気がしています。
その人、その家庭のポジションを基本に理解した設計が本当のデザインなのでは!?
みなさんそう思いませんか?

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